1人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
「中村さん!」
今度は紗英が「げ」と言う番だった。恐る恐る振り返る。声でなんとなくわかりはしたが、そこにはやっぱり彰太がいた。
「え?二次会行かないの?」
行かないなんてあり得ない、と含まれている台詞だった。紗英は頑張って笑顔を浮かべる。
「う、ん」
「え?何で?」
何で…?
紗英は眉間にしわが寄りそうになるのをなんとか堪える。
「早く帰って来いって言われて…」
「え~」
嘘だった。
紗英は実家に住んでいるが、両親ともに今日は二次会があるんだろう、とむしろ行って来いとでも言うように送り出されたのだ。
「まあそれならしょうがないか。美和さん、怒らせたら怖いし」
ニシシ、とアルコールで若干赤くなった顔で彰太は笑った。彰太の母親と紗英の母親は先輩後輩の関係らしく、彰太は紗英の母、美和とも面識がある。
美和の紗英に対する溺愛ぶりを知っている彰太はなんとか騙されてくれたようだ。
「あっ、今行く!」
彰太を呼ぶ声がした。呼んだメンバーから見えないように紗英はとっさに下を向く。
「あ、じゃあ中村さん、アドレス教えて」
「えっ…」
何故か彰太は携帯電話を取り出した。紗英はポカンと彰太の顔と携帯電話を見る。また、彰太を呼ぶ声がした。
「ダメ?」
男友達は皆無、同性との交流も盛んな方ではない人見知りの紗英は、こういう場合の断り方を知らない。気付いたら自分の携帯に彰太のアドレスが登録されていた。
「じゃ、メールして!」
彰太は去っていく。
紗英は意味もなく自分の携帯電話をしばらく見つめていた。
最初のコメントを投稿しよう!