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「っしゃ」
自分が本当に嬉しいときには小さな声で喜ぶのだということを、彰太は初めて知った。思わず壊してしまいそうなほど携帯を握り締めてしまい、慌てて手を離す。
「…」
受信メールを眺める。たった二行。それでも心の底から嬉しい。
半ば無理矢理自分のアドレスを教えてから、ずっとそわそわしっぱなしだった。メールが来なかったらどうしようと何度脳裏に過ったことか。しかし、こうしてメールはきた。いや、あの人の性格を考えればメールがこないなんてこと、ほとんど有り得ないことはわかっていた。でも、それとは関係なく不安にはなるものだ。
「…」
彰太は深呼吸した。
返信しなければ。これから距離を詰めていくには、大事な大事な一通になる。彰太は一人頷きながら文章を考える。でも、今までこんなに気合いを入れてメールを打ったことがなければ、悩んだことすらない。いきなり、大きな難問である。
「…彰太?」
「う、わっ!」
「? 何してんの、アンタ」
「……いや、別に」
どこかに出掛けていた母、千尋が目の前にいた。集中し過ぎて気付かなかった。彰太はごまかすようにとっさに携帯をポケットに突っ込む。
「裕ー、お風呂入っちゃいなさいね」
「はいはい」
気づけば弟の裕も家にいる。全く気付かなかった。
「彰兄入ったんだよね?」
「あ、お、おう」
彰太は高校を卒業し、地元のバイク屋に就職した。それと同時に一人暮らしを始めたが当たり前のように自堕落な生活を送り、とうとう体を壊して仕事にも影響を出してしまった。その際、先輩の鉄平に「体の管理が出来るようになるまでは家を出るな」と釘を刺され、母の千尋、弟の裕との三人暮らしに戻った。
「…」
「…な、なんだよ」
寝間着を抱えた裕が彰太に視線を固定させる。高校生の裕は、血の繋がりが本当にあるのか、と彰太自身が疑いたくなるくらい似ていない。身長もいつの間にか越され、高校だって進学校と呼ばれるところに行っている。
…そうだ、母校、なんだよな。
彰太の脳裏に真面目な彼女が過った。中学のとき勉強を口実に話しかけたことが蘇る。
「……彰兄、今考えてること家以外で考えないほうがいいよ」
「…え?」
「デッレデレ。恋してんな、って誰でもわかるから」
「なっ」
裕は呆れたように言って、風呂場へ消えた。
鋭過ぎる弟を、赤い顔で睨みながら彰太はポケットから携帯を取り出した。
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