年越しオオカミ

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「ご苦労様です。では、しばらく本殿の方にいますので、なにかあれば呼んでください」  そういって老齢の神主が、社内に引っ込むのを見届けて陽響は吐息を漏らした。空気の冷たさに吐息が白くモヤとなって拡散する。  他の神社から臨時出向している神主から、宮司を輩出するはずの橘家の『家人』と認識されていると自覚しては憂鬱を吐き出す。助成するだけのつもりが、いつのなにか誤解されるまでに橘家との距離を詰めいたらしい。  神職の初級資格だけは通信教育で得ているが、実際に神社に奉職にするのとは完全に別問題である。暫定で見習いの出仕(しゅっし)らしき事はできるが、それも辞しているのは単純に自分の『立ち位置』が相応しくないからだ。  いったい、どこの神が不吉な『神討』を奉られて喜ぶというのだろうか。 「まあ、ここなら不都合がないからマシか」  ここ『たちばな神社』に奉られているのは、奇しくも幼馴染みなので文句は言わせる気はない。  一職員として、慌ただしい初詣における雑事を担当するのが、大晦日に陽響が担ったの役目なのだ。 「さすがに冷え込むな」  冷たい風と季節に首を竦めると、町を俯瞰する神社から明かりがぽつぽつと見える。山から見下ろす見慣れた景色だが、いつもより明かりの数が多いように感じるのは気のせいではないだろう。  陽響と美音の故郷でもある町の神社は、午前三時を過ぎたあたりでようやく落ち着きを取り戻した。参拝客の到来も減り、夜通しで働く臨時アルバイトだけでしばらくは運転できそうだ。  警備をしていた者たちも思い思いに休憩に行っているらしく、境内に人の数は少ない。  鈴なりの連なり提灯や、夜終を照らす御神燈の明かりが寒々とした参道を照らし、軒を連ねる出店の中はがらんとしたまま骨組みの中に風を吹かせている。石畳を踏む音も少なく、賽銭箱を鳴らす金音(かなおと)もしばらくは聞いていない。  寒々とした光景が、さらに背筋を冷やすようで陽響はコートの襟を立てた。  かじかむ指先を擦り合わせると、警備を担当していた警備員から声がかかった。境内を巡回していたのは、見慣れた顔の騎士だ。 「陛下」 「ナツキか。なにか問題か?」 「いえ、万事恙(つつが)無く。いたって平穏ですよ」
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