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ふ と気配がした。浮き上がる感覚をそのまま目を開けようとして、それを堪える。
もう慣れた帝劇の楽屋、あと少しで夕方のために起きなきゃいけない時間だろう。開け放した窓から、むこうで有岡がDJのまね事をする音が聞こえる。
一際大きな有岡と岡本の笑い声が聞こえて、自分を見つめていた視線がふと逸らされた、気がした。そっと薄目をあけて、そこにいる予想通りの姿に、薮はふわりと笑った。
「…もう、こーちゃん起きちゃうじゃない」
独特のハスキーな声で呟いた知念がまたこちらを見つめようとするから、慌てて目をつむる。別に起きて話かけてもいいのだけど、何となく。知念だって薮を起こさないでずっと寝顔を見てるんだから、きっとそのままでも落ち着くんだろう。
「んー……」
わざとらしく寝言を口にして、知念の方に寝返りをうつ。
ぱたぱたと手を動かすと、そっと冷えた手が薮の手に触れた。戸惑うように触れただけの指を、薮が握りしめる。おずおずと握り返された指に、引き寄せて抱きしめたいような愛しさが薮の胸を覆った。
好きな相手の寝顔を見つめてるだけなんて、何て知念に似合わないとみんな笑うだろう。
けれど、薮は知っている。いつも最後の一歩が踏み出せない知念の、ささやかな恋のつたえかただと。
愛しくて、大事で、だから意地悪したくなる。
「こーちゃん、好き」なんて言えない知念を揺らして揺らして、なんとしてでも知念から言わせてみたい。
ぎゅっと握りしめた指を、少しだけ引き寄せると、隣に座っていた知念の身体が薮にさらに近付いたのがわかった。
「こーちゃん……」
す、き
って言えよ、なあ知念。
言ったらすぐに、俺はお前のもんになるのに。
俺が我慢できなくなる前に、なあ。
end
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