“先輩”

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水族館を独りで出たときには、ずいぶんと陽は落ちていた。 群青の夜と、まぶしいオレンジの夕焼けが、溶け合う時間。 「須藤~! 花火やろぜっ」 気分が浮上するわけもない雅に飛び付いたのは、雅と同じクラス、柳井と同じ部活の、少年。 「…うん」 「なんだよ~元気出しなって!みんな心配してんのょ?」 がっちりと肩に手を回され、半ば強引に数歩、歩かされた雅は、顔を上げた。 「田鹿くん、あたし、帰……」 「須藤の好きな人ってさあ、こないだ最後に出てたバンドの人だって?」 顔には楽しそうな笑顔を浮かべたまま、急に声を落とした田鹿を、思わず見上げた。 「…さっき、柳井先輩言ってた」 海岸に出る階段を下りながら、雅は黙って俯いた。 「あのさ、ああいう……バンドしてたりする奴、…カッコいいよな、あの人たち大人だし」 言いにくそうな田鹿に、首を傾げた。 「特に…ギター弾いてた人なんか、思い切り綺麗な顔してたしさ」 憧れるのは解るけど…。 それって、“好き”? 「…って思って。須藤が告白しても、きっと相手にされないし、………遊ばれちゃうよ?」 軽い調子だけれど、至極真面目な顔で言う田鹿を見つめ、雅は、ふと口許をほころばせた。 「心配してくれてるんだ…ありがとう。でも、でもね…」 「ちょーっと田鹿ぁ!?」 追いかけて来たのか、同じクラスの女の子が、雅と田鹿の間に割り込んだ。 「なーに手ぇ出してんのよ!いくら柳井先輩が撃沈したからって!」 「手なんか出してねぇよ~!花火やる前に遅刻組で飲み物買って来ようか~って内緒話してただけ!」 「あー!そうだよ!遅刻組は奢んなさいよね!」 じゃれあうように言い合い始めた二人に混じれずに、雅は控えめに、笑った。  
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