地球の卵

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 電車やバスなど、昔とは全く違うものになっている。乗り方も分からなければ、行き着く先だって分からない。  何とか故郷の町に降り立った老人は、自分の家があるはずだった方向へと歩いて行った。  町並みはすっかり変わってしまった。道路も建物も、老人が子どものころSF漫画で見た情景とそっくりである。  しかし老人がたどり着いた三叉路は、見覚えのある坂と、その角に大きくそびえる楠で、彼の記憶を三十年前に遡らせた。  ここだ……。この坂を上りきった場所が、かつて老人が新居を構えた一角なのだ。  だが、三十年。跡形も残っていないだろうと思いながら歩いて行くと……。 その家だけが、過去の中に取り残されているかのように、ひっそりと存在していた。塀も、小さな門扉も、老人が旅に出たときと同じだ。  表札を確認する。――そこにあるのは、老人の名前だった。  そっと扉を開けてみて、老人は驚いた。庭一面に沈丁花の花が咲き誇っていたのである。  三十数年前、老人は「地球の卵だよ」と冗談めかして妻に贈った物が、この沈丁花、一株だった。僕と君を永遠につなぎとめるために、この花を庭一杯に咲かせるんだ、と言ったっけ。そして、増えた花の分だけ子どもや子孫を残すんだ。新しい地球を作るためにね、と……。  今、老人は花の中に埋もれている。その花の隙間から、庭に現われた妻らしき女性が見えて来た。髪は白髪まじりで、その姿も三十年の長さを感じさせるが、澄んだ瞳は当時のままだ。 「――お帰りなさい」  と、妻が言った。  その後ろから、小さな子どもが母親に手を引かれて顔を出した。そして、元気な声で言った。 「お帰り、おじいちゃん!」  幻か、と思った。いや、奇跡なのかもしれない。 「た……ただいま……」  と、老人は言った。  今まで待っていてくれた妻に。そして、生まれて来たことさえ知らなかった、自分の娘と孫に……。                               おわり
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