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「なんだよ」
正直、嫌な予感しかしない。
「あんたには言っておかないといけないことだから」
「良くわかんないけど、俯きながら話すの止めない? 垂れた前髪が貞子みたいで怖いよ」
「真面目な話だから、茶化さないで聞け」
姉は語気を荒くして言いながら、顔を上げた。どちらかといえば美形の顔が、風呂上りでまだ乾き切っていない前髪と仏頂面のせいでか、やつれて見える。
今までにない弱々しい姉の姿だ。見ててドキッとする。
「あんたのことは嫌いじゃないよ。バカだし、怠け者だし、人の言うこと聞かないし、学習能力低いし、一緒に居るとイラつくこと多いけど、それでも血の繋がった家族だからね」
「散々言ってくれるじゃんか」
「でもまー、あんたも同じくらい私に対して気に食わないことがあると思う」
それなら、お前が思っている以上にあるだろうな。
今ここでそれを言い尽くしたらほぼ確実に言い争いになるわけで、俺はそこのところお前と違って大人だよ。
普段は強気で絶対に弱みを見せない姉が、俺に愚痴を零す理由が一つだけ思い浮かぶ。というか、一つしか思い浮かばない。
「もしかして、あいつらのことで何かあったのか?」
「まあね」
察してもらえたのが嬉しかったのか、姉の暗い顔が少しだけ綻(ほころ)んだ。
やっぱり親父と母親のことか。
あいつらは結婚して俺たちを産んで離婚して、勝手に再婚したかと思ったらまた離婚して、再婚して。その度に俺たちも巻き添えを食らって振り回される。人格者とは程遠い姉が可愛く思えてくるくらいに、親父と母親は親として――人として最低だ。理解に苦しむ。
あいつらとはここ二ヶ月ほど顔を合わせていない。そんな奴らが今更俺たちに何だってんだ。
「また離婚するらしい」
「へー。離婚するんだ……」
離婚を聞いても俺は驚かない。姉も平然としている。
姉からしてみれば、ここまでの話の流れは言わば前座で、本題はここからなのだろう。
何を言われてもいいように、気を引き締めておこう。
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