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「よあけのばんに。つーると、かーめが、すーべった」
それは、壁の外から時折流れ込む、子供の歌声を聞き覚えた物だった。
文字すら知らず、歌の意味などほとんど理解していないが、ぼんやりした頭になぜか、その抑揚が心地好く響いたのだ。
「うしろのしょうめん、だーあれ」
「しぃっ。あいつが来たよ。また暴れるんだ」
「ああっ、やだなやだな。そしたら、またご飯貰えない」
「やだね、お水ももうないのに。でも、静かにしないともっとぶたれるよ」
「静かにしなくちゃ」
襖の向こうで始まった男のしゃがれた怒声と女の甲高い悲鳴、物が壊れる音から逃げるように、それは頭から毛布を被り身を縮める。
暫くすると不意に音がやみ、襖が荒々しく開かれた。
「ちっ。相変わらずくっせぇな。おらっ、とっとと出て来きて水浴びて来い。いいか、俺を待たせるんじゃねぇぞ」
押入れから引きずり出され、カーテンが締め切られた薄暗い部屋を蹴り出される。
這うように風呂場へ行き、汚れきったぶかぶかのシャツとおむつを脱いだ。
あらわになった身体は、古い物から真新しい物までとにかく傷だらけで、右足の小指は不自然に外を向いたまま固まっていた。
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