F熱

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  世間が浮き足立っている中で、最低価格が40万のベッドなど訪問販売で売れる訳がない。 僕はかなり疲れている。 僕のグラスに美咲がビールを足そうとしたのだけれど、僕はそれを取り上げて、先ず彼女のグラスを満たし、次いで僕のグラスに美しい泡を作った。 「小さいワガママ」 美咲の言う意味が解らない。 彼女は細い喉を動かして、小さな不満を飲み干した。 テレビ画面の左下では、今年のランキング1位が息を切らして採点を待っている。 その映像は何故だか更に下へ押し下げられ、わざとらしい報道フロアと、原稿が手につかない知らないアナウンサーが画面を占領した。 『臨時ニュースです。非常事態宣言が出されました。昼夜を問わずの外出禁止令です』 「ビールって、どうしてこんなに苦いのかしら」 美咲がソファーから立ち上がった瞬間、テレビも消え、部屋の照明も消えた。 慌てて立ち上がった僕の右腕を、美咲が包んだ。 「ワインで良いよね」 絡まった彼女の体温は温かい。  
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