F熱

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  「ライター貸して」 「いいよ、僕がつける」 携帯電話の明かりを頼りに、美咲は蝋燭を用意した。 「F熱‥‥見つければ簡単」 「F熱?」 僕は尋ねながら、おそらくは海外の土産であろう緑色の妙な形の蝋燭に灯を灯した。 炎が揺れて何もかもが動いて見える。 「あ!」 去年の夏の同窓会を思い出した。証券会社に勤めている林が、美咲の新しい仕事場を国立細菌学研究所と言っていた。 彼女は院を出た後、暫くは大手の製薬会社に居た筈である。 「さぁ、慌てても始まらないわ。飲みましょう」 美咲のマンションのリビングは飾り気が無い。 だからいっそう淡い色に照らされた女の肢体が美しい。 蝋燭の火は橙色。 極々の近場しか照らさない。 「普通の風邪なのよ、ただ37℃を越えない位の微かな熱が続いて、そう‥‥何年も続いて、感染者は心の良心を少しづつ失って行く」 ビールとは真逆である。 上等なワインを上品なグラスへ、橙色を混ぜ込みながら、美咲が注いでくれる。  
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