田舎の夏には憧れがありました

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兄は生前、僕に人というのは人と接しずには己を高めることは出来ないと言っていました どうやら、夏目漱石のこころという本を読んでその考えに至ったのだと思います 兄と同じ歳になった僕は高校で夏目漱石のこころを学習しました きっと兄もそこから抜粋してきたのだろうと容易に考えつきます 兄はよく自分自身を知り、高めるなら、まずは人と接し、比較しなければならないとよく言っており僕からすると口癖のようでした 納得するには少し物足りなかったのですが、理解はできました そして、人と接しずに己を知り、高めようとするには肉体を捨てなくてはならないともいっておりました 解説すると、己に足枷をつけ、一つのことを極め高めるというのは精神のみの向上、肉体などは精神を高めるのには不必要であり、邪魔である…よってもう死しか残されていないのだという意味です 兄は別に夏目漱石のファンでもなく、信者でもないのですが、当時の兄は何か糸口のようなものを求めており、偶々学習したものがそれになってしまったようです 学習してからの兄はどんどん深みに嵌まっていき、僕では手を伸ばしても暗い闇が覆って兄を視ることすら出来ない遠くに行ってしまったと感じざる終えない始末に至ったのです もうそこまで行くと兄の心理に追いつくことは出来ず、僕は兄の苦色を浮かべた瞳から目を反らすしかありませんでした 初めからわかっていたことなのです 僕に兄を救うことは出来ないと… ここでの救うとは、兄の死から救うではなく、兄の心の闇から救うということです …では、誰が兄を救うことが出来たのか 一人しかいません 兄が初めて連れて来た友人…あの女の人です 別に僕は兄を救えなかった責任を取れと言っているわけではありません ただ、兄があの人を見る瞳は僕が一度も見たことのないものだったのです つまり、兄の唯一の希望だったと伺えます
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