チキン1つ! アナスタシアと名乗る少女

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「ユキトさん、せっかくここまで来たのです! ファミチキかいに行きましょう!」  待て。お前は何を言っている。  俺はたった今お前と「ファミチキ買いに来た」わけだが、なぜ購入後に、しかもコンビニを出る前にその台詞を口にした。 「一つ聞こう。お前が今手にしているものは何だ」 「ファミチキです」 「ああそうだな、ファミチキを買いに来たんだよな。そして目的は完遂された。それ以上何をする必要がある」 「ファミチキかいに行きましょう」  俺の聞き違いか、或いはこいつの中二脳が作動し始めたのか。  それを確かめるべく、俺はもう一度ニコルに訊いたみた。 「もう一度だけ聞く。これ以上何をする必要があるんだ、俺は」 「ファミチキ界に行く」  どうやら俺の耳ではなく、こいつの頭がおかしいらしいな。  また例のごとく『ファミチキ界』か。  俺の部屋の中でならまだしも、こんな公衆の面前でそれを口にしてほしくはなかったな。  ほら見ろ。さっきまでそこにいた店員さんだが、お前の痛い台詞に耐えかね、今や控え室にエスケープする寸前だぞ。 「そうか、とりあえず帰ろう」 「ダメです! せっかくファミチキ界の入り口目前まで来たと言うのに! ここで逃げるつもりですか、このチキン!」  そう言い張ってコンビニの自動ドアの前に立ち塞がるニコル = アナスタシア。  一応こいつくらい小さい体の少女なら、いくら俺でも力ずくで連れ帰ることは可能だ。  だが、あまりにも真剣な眼差しで俺の背後を睨み付けているもんだから、気になって俺も振り返ってみた。  そして、そんな俺の目に飛び込んだものは…… 「あれが……あれがファミチキ界の入り口です……」 「いや、あれトイレだから。思いっきり上にWCって書かれてるから。おまけに男女の記号まで書かれてるからね?」  しかし、そんな俺の言葉もまるで無視。 「あそこに、あなたのご両親は入っていったのです……」  ごくりと、ニコルの喉が不気味に鳴った。 「おい、ファミチキ一つどうした」 「食べました」 「今か?」 「今です」  なるほど。目下ゴミ箱に向いているお前の片手にある紙屑と、今のお前の固唾を呑み込むような音は関係していると判断していいんだな。  つまりそれは、少しでもお前の話を聞こうとした俺を完全に馬鹿にしていると、そう捉えてもいいってことだよな。
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