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マンションの入れ替わりに、郵便配達員とすれ違った。この区域には長く関わっているのでお互いの風貌は知っていたし、挨拶程度に会釈するようにはなっていた。
ポストには手紙が入っていた。
市役所からの通達や支払いでもなく普通の手紙だった。
101号室に帰り中を覗いてみると、そこには俺に対する愛の賛辞が描かれていた。ラブレターなど、手にしたことがない俺は、どういう反応をとればいいのかわからずドギマギしながら家に踏み入れた。
さっそく細部まで目を通す。文面は短くもなく、長くもなかった。
あなたは私を知らないと思います、でも私はあなたのことを知っています。あなたが勤める商社で、たまたま見かけていわゆる一目惚をしていました。額に汗をかきながらも要領よく後輩に指導をしているあなたに好印象を持ちました。最初は少しの恋慕を抱いているだけで、自分の感情を抑えることができましたが、深夜眠ろうとしてもあなたの顔がまぶたの裏に浮かんでなかなか寝付けないほどです。どうか、私に機会を下さい。明日の夕方6時に返事をお待ちしております。
返事と言われてもまったくもって困る。向こうの連絡先は書いておらず、こちらは相手の性格も顔も認知していないのだ。だが俺は期待感を裏切るのも申し訳ないような気がした。
最近は残業もないので、定時に帰れるし、問題はないだろう。
しかし、次の日の朝、会社に問題があった。なにもこんなときにと思いつつ、社畜として飼い馴らされている自分に意義は通せない。
重要な書類に不備が見つかり、その修正に時間をとられてしまった。帰路につくころにはそろそろ7夜という時間帯だ。
約束の時間まで守るか、待ち続けるかその人の個性次第だ。だが、期待していなかったほうの予想が当たった。彼女はどこにもいなかった。代わりにいたのはバイクに跨がる郵便配達員だった。
俺は心底がっかりした。思えば恋愛らしい恋愛も久方ぶりだった。それなのに、せっかくつかみかけたチャンスがパアッと散ってしまった。
「あの、こんばんは」
郵便局員に話かけられて、俺はハッとした。初めて聞いた局員の声は可愛いらしくて、それにヘルメットを脱ぎ長髪をあらわにしていた。
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