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「…馬鹿が………」
静かな波の音が響く夜の港に、その静寂を切り裂くような悲鳴と、音。
「無駄な抵抗をするからだ。自らの罪を背負い、死して償え」
影は、貴族のような服を身に纏ったよく肥えた体格の男を斬り、そして海に突き落とした。
ひゅ、と持っていた剣を振り、付着した血を払う。
「………。」
剣を鞘に納めると、再び訪れた静寂に影は静かに息をついた。
しかし静寂もつかの間。
後方からばたばたと、夜の港に響く足音が影の耳に滑り込んできた。
「船長!!!」
影―《彼》は振り向き、息を切らして走ってきた自分の部下に、ふと溜め息を漏らしていた。
「……なんだ?」
部下―少年のようなまだ幼さが顔に残る―は、《彼》の元まで来ると左手に握るものを差し出した。
「これ…、たった今帝国から―」
はぁはぁと息を切らし、深呼吸を繰り返す少年を見、彼に随分と長い距離を走ったのかと聞くと、彼は笑顔で「大丈夫です」と答えた。
彼が左手に握っていたものは、手紙の様で―彼の握力と潮風のためにほとんどぐしゃぐしゃになっている―《彼》はそれを受けとると、表情を変えずに読んだ。
すると手紙を読んだ《彼》は眉間にシワを寄せ、目を伏せた。
「そうか…。ご苦労だったな」
一息つくと、それを破って潮風にのせて夜の海にばら蒔いた。
「ちょ、捨て………!!」
「問題無い。帝国の言いなりになってたまるか」
そう言って、少年を振り返る。
《彼》の緑の瞳に陰り、そのまま彼をとらえた。
「…帝国に何人、仲間を殺された?次は他国まで手を伸ばし、人間の命どころか、国すら喰おうとしている。なら………」
きいん、と耳鳴りが少年を襲い、足元に発生した<術式>に膝をついた。
少年の霞んだ視界に、それまで<船長>と呼んでいた、<監視対象>が揺らいで映る。
「オレは、お前らを喰う」
「………!!!知って……!!」
少年の頭上に掲げられた、《彼》の右手に光が宿る。
そのまま真一文字に宙を斬り、
『……recidere…』
と呟いて、派手に目の前で散る血に表情を硬くし、静かに目を伏せた。
港町に響く第二の悲鳴、そして流れる血。
かつて自分の部下だった死体を後に、《彼》は深夜の港町に消えていった。
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