その一

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「僕からのお祝い金さ。ちょっと少ないけど、子供だから勘弁してくれるよね」  そう言いながら、信二はすました顔で、人形の髪を指で梳いている。  俊子は驚いた。いや、意外だったと言うべきかも知れない。  今までのことを考えると、どうしても信二の言葉は信じられない。あれだけ反対していたのに、何が信二を変えさせたのだろう。 「ちょっと待って」  と、俊子はためらいながら、「それって、結婚してもいい……ってこと?」 「そうだよ。ダメだなんて、最初っから言ってないじゃないか」 「だって……」  だって、あの「嫌いなおじさん」が、あなたのお父さんになるのよ。  と俊子は言いかけたが、口から言葉が出てこない。  人形の髪を整えた信二が、その頬をなでながら薄く笑っていたのである。 「――いつ?」  と、信二が訊いた。「夏休み中はやだよ。新婚旅行について行く気はないからね」 「うん。だからその前に――七月の最初の日曜日が大安なんだ」 「大安吉日? そう。そりゃめでたいね」 「だからさ、明日からゴールデンウィークじゃない」  と言って、俊子は信二の手から人形を取り上げた。「ね、どこか旅行でもしようか。あの人と三人で」  その瞬間、信二の顔から笑みが消えた。  俊子は気づいていただろうか。笑みが消えたのがその言葉が発せられた時ではなく、人形を奪い取った時からだったということを……。 「あのおじさんと?」 「いいじゃない。信ちゃんのお父さんになるんだから、よく話をしとかないと――」  と言い終らない内に、信二は人形を奪い返していた。  そして、乱れた人形の髪を整えながら、 「旅行か……。いいよ、僕もゆっくり考えたかったから」  と言った。そして、「いいチャンスかもしれないしね」  再び笑みをたたえて、信二は言った。  俊子はためらった。信二の最後の言葉が、自分に対してではないと分かったからだ。  信二は人形と話しをしている。  誰も喋ってはいないのに、信二が肯くように首を振っている姿を見て、俊子は背中に走る冷たいものを感じていたのだった……。  
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