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鳥肌の立つような汚らしい男でも、あの人のためなら、と苦汁をなめてまで獣たちにこの肉体をさらけ出して来たのである。
やっと開放された、と思っていた。昨日までは……。
資料館に入ろうとして、春美は振り返った。江島がズボンについた泥を払いながら、不気味な笑みを浮かべている。
やっぱり逃げられないんだ……。
「おい、春美」
江島がふらついた足取りで近寄って来る。「お前も早く逃げないと焼け死ぬぞ」
資料館の裏手から火の手が見える。周りを囲む客室棟も、いつの間にかいたるところから赤い炎が見え隠れしていた。
「――あなた、結婚するのよね」
と、春美は訊いた。
「結婚? そんな話もあったっけな」
「やっぱりね。どうせいい加減なこと言って、引っ込みがつかなくなったんでしょ」
「そんなことはない。俺だって、あんな汚い世界から足を洗いたいと思っていたんだ。普通の女をもらって平凡な生活をする。そんな当たり前のことが、やっと見えたような気がしたよ。でもな――」
江島はためらいながら、「普通の女というものが、こんなに退屈なものだとは思ってもいなかった」
と言って、ため息をついた。
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