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それから数日後、また地元に戻ってくると、行きつけの居酒屋にそいつの姿があった。
「イザー、てめぇ、どこ行ってやがったんだ!!!」
あたしにそんな風に言う資格も何もねーのは分かってたんだけど、その時はどうにもプッツンしちまってた。
胸ぐらを掴むようにして、背の高さが10センチ以上も差のあるそいつを壁際に押し付けて叫ぶと、店内は騒然としだしたのが分かった。けど、あたしにはそんなこと気にする余裕もなかった。
「人のこと勝手に遊んでおきながら書置き1つ残さねーで消えちまうとかてめー!」
あとから思い出すとクソ恥ずかしい話だ。
馴染みの居酒屋ってんで、あたしのことを見知った常連も大勢いる中だってーのに、やり捨てられましたって公言したようなもんだった。
「なんとか言えよ!」
あたしの剣幕に、そいつは最初はただただびっくりしていたみたいだったが、次の瞬間、あたしはそいつの胸に抱き寄せられていた。
「うん…ごめんね。
黙って消えたのは悪いと思ってた。
でも僕も、君のことは探していたんだよ…だから、見つかってよかった、マリア」
衆人環視の中、あたしはすっかりフリーズしちまってた。
そいつには教えてなかったはずの自分の名前を呼ばれた衝撃もあったんだろう。
あたしは何に怒ってたのかも忘れちまった。
あたしの本名、マリアって名前は世界的に有名だ。
その、かの美しく清き聖母様と同じ名前が本当に本当に嫌だったのに、そいつの口から出てくる響きはトクベツ。そう思えた。
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