1人が本棚に入れています
本棚に追加
「あれはねえ、私が転校してきた二週間くらいたったころだったかな。隼人、私のこと毎日毎日からかってきたの。それにムキになるのが面白かったんだろうね。とうとう私が泣き出しちゃって、隼人、職員室呼ばれて大目玉食らったの」
朧げな記憶が鮮明になってきていた。そうだ。僕は彼女を泣かして。階段の踊場で、デブだなんだとか口やかましく喚いていた。
「思い出した?…あれ?ど忘れしちゃった。この後、私たち仲直りさせられるのだけれど…仲直りした後に隼人が何か私にしてくれたのよ」
何だったっけと早紀が頭を抱える。僕もそんな記憶がある。何か特別な物を彼女に見せた気がする。とても、そう、とても特別な物を。
「…ああ、なんでこうなんだろ?いつも肝心なところダメなのよね、私。何かと器用に生きてるとは思うけど、大事なところはいつもタイミング逃したり、見誤ったりするのよ。今の状況だってそう」
彼女は痣を例の目で見つめてため息を吐いた。新しいコーヒーが運ばれてくる。
「ちょっと来て」
僕は彼女の腕と伝票を持ってレジへ向かった。
「え?なに?」
突然の出来事に、彼女は目を丸くして僕の顔を見た。構わずレジで支払いを済ませ、喫茶店を出る。そのまま駐車場に駐めてある僕の車に彼女を乗せ、自分も運転席に腰を下ろした。腕時計に目をやる。
「よし、間に合うな」
「ちょっと、もう…」
彼女は観念したのか、腕組みをして助手席でおとなしくなった。僕はそれを横目に少し笑って、アクセルを踏んだ。慣性により、背中がシートを圧迫する。
「ねえ、どこ行くの?」
「今言ったら面白くねえだろ?秘密だよ、秘密」
訝しげな顔を僕に向けると、まあいいけどさなどと漏らして、早紀は再び助手席に深く腰を下ろした。
無言が支配する車内を気にせず車を十数分走らせると、僕たちは少し小高い丘に着いた。
最初のコメントを投稿しよう!