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『秋分の集い 招待状 『ただの茶屋』店主 紅』
次の日の夕方。会社での業務を追えたティラミスは、渡された招待状のカードを手にして、『ただの茶屋』を探していた。
「いっつも迷うのよねえ。どうしてこう、方向音痴なんだろう、あたし」
うろうろしていると、通りがふっ、と薄暗くなった。あれ。と思った時、目の前に見知った人物の背中が見えた。
「あれ? あのマント……」
くすんだ金髪に、がっしりした体格。やたらリアリティあふれる中世の服装を身にまとい、たぶん自作しているのだろう剣をぶらさげて歩く、自分は騎士だと言い張る『なりきり』ちゃん。
サー・ウィルフレッド・ホーク。
なりきるのは良いが、マントも衣服も汚れすぎていた。そればっかり着ているらしい。それがどうにも耐えられず、ひったくったマントを洗濯し、繕ってやったのが、夏のころ。
手にしたマントは、化繊ではないようだった。いきなり洗濯機もまずいかと、バケツに洗剤を入れてつけおきしてみたところ、水が泥のように濁った。何度、水を変えても汚れが出てくる。なんだこの悪夢。とティラミスは思った。
しまいには意地になって、絶対きれいにしてやる! とばかりに洗いまくった。
結果、マントは真っ白になった。灰色だと思っていたら、白いマントだったのだ。どれだけ汚れていたのだ。
なお、紅さんに尋ねてみたところ、天然のウール素材だったらしく。洗濯機で回していたら、大変なことになる所だった。縮んで元の形には戻らなくなっていただろう。
おしゃれ着洗いの液体洗剤で仕上げてやり、フローラルの香りを漂わせるマントを、紅さん経由でウィルフレッドに返したのだが……、
どうやら彼は、そのマントをまとっているようだ。自分で言うのもなんだが、白さが輝いて見える。良い仕事したわね、あたし! とティラミスは思わず自画自賛した。
「サー・ウィルフレッド!」
声をかけると、強面の男性が立ち止まり、振り向いた。相変わらず、苦虫を噛みつぶしたかのような表情が標準装備だ。
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