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漂ってくる、甘い香り。静かな店の中には、窓から光が差し込んでくる。
改めて見回した店内は、心が穏やかになるような、雰囲気をたたえていた。
古びてすすけた感じの煉瓦の壁。日に焼けてセピア色になった写真や絵。
あちこちがすり減った木の床は、良い感じに飴色になっている。
角が丸くなった古びたテーブルや、木の椅子がいくつか、店の片隅に寄せられている。掃除の途中だったらしい。
まだ開店前なので、自分のいるテーブルにも花は飾られてはいない。テーブルクロスもなく、あらゆるものが、とりあえず、という感じである。
けれど、そこにいるだけで、ほっとする。なぜか贅沢な時間を過ごしているような気分になれる。
(やっぱり、このお店、好きだなあ)
ふふっと笑って、ティラミスは、まかない食がやって来るのを待った。
* * *
「どうぞ」
出された食事は、シラスと梅干しを入れたオートミール。和風だしで煮込んだものらしい。刻んだねぎが散らされていて、その緑色がなんだか鮮烈だった。
大根の漬け物、緑色の柑橘類の皮を刻んだものを添えた豆腐。くるみとちりめんじゃこの佃煮の小皿もついていた。
出されたお茶は、熱い番茶。
「おお、和風~!」
思わず目をキラキラさせてしまったティラミスである。なににこだわったのか、持ってこられた食事はすべて朱と黒の盆に乗せられていた。器は白磁。醤油の小瓶に、れんげとお箸も添えられている。
箸置きは、萩の花をかたどったものだった。れんげを置く小皿にも、萩の模様がある。なんだか可愛らしい。
いただきます、と手を合わせてから、どれから食べようかと、手をうろうろさせる。まずは、大根の漬け物を口にしてみた。
「あ、美味しい」
ほど良い酸味と甘みが口の中に広がる。浅漬けかと思ったら、なますだった。甘酢漬けにされた大根は、ぱりぽり食べられる。うん、歯ごたえもあって美味しい。
「紅さんは? 朝ごはん、食べたの?」
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