前篇

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 哀願する恭史郎の声を聞きながら、しばらく口を閉ざしたままうつむいていた晴美は、何かを吹っ切るように顔を上げた。そして、 「――あなた、人を殺したことある?」  そういった晴美の顔は、至って冷静だった。 「殺し?……」  恭史郎は晴美の意外な言葉に動揺していた。さっぱりわけが分からない。 「あなた、私のこと愛してる?」 「も、もちろん! 君がいない世の中なんて、僕には考えられないんだ」 「だったら……。私について来て」  晴美はそう言って、そのビルの地下室の下、そう、まだ誰も知らない秘密の場所へと導いて行ったのである。  地下の地下、といえば、暗くてジメジメとした息の詰まりそうな雰囲気を想像するが、ドアが開いたその場所は、まるで一流ホテルのロビーをそのまま持って来たような明るい空間が広がっていた。  ビルを見ただけでは想像出来ないほどのそのフロアには、老若男女を問わず、様々な人達が楽しそうに談笑している。 ただ地上の世界と違うことは、そこにいる人達が、ナイフやピストル、ロープに機関銃、手榴弾やダイナマイトなどを手に持った、異様な雰囲気の世界が広がっていたのである。
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