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3.
あれから逃げ込むようにして芳林公園へと辿り着いた俺は、コスプレイヤーと数人のカメコが戯れている中をなりふり構わず突っ切り、ヒリヒリと痛む目を押さえながら蛇口へと急いだ。
勢いよく出される水道水。
跳ねさせながらも、それを両手で掬う俺。
バシャン! と、そして顔にぶちまける。
ああ、こんなに水が気持ちいいと感じたのはいつぶりだろうな。
「お前に尊徳感情ってものはないのか」
びしょ濡れの顔面を制服で拭いながら俺はニコルに問う。
一応、一人暮らし先のアパートは親戚の叔母夫婦が支払ってくれているからいいものの、今まで食費は全部自腹。
こう見えても俺は深夜帯の時給が高い時を狙って近場の飲食店でバイトをしている。
そのせいで学校の授業中はもはや睡眠時間と化してるわけだがな、生きるためには仕方がない。
そんな俺の気も知らないで俺の金を有意義に使ってくれるニコル。
さっきもケバブを二つも買ってやったってのに、一つは俺にぶちまけるわ、もう一つはそれに焦って地面に落とすわで、まさに踏んだり蹴ったりだったわけだ。
それでも敢えてお前に手をあげない俺の寛大さを尊んでくれよ。
「損得勘定ですか? もちろんありますよ。コストを払わずして利益を得る。これ、私の信条ですから」
しかしそろそろいいかね、一度くらいぶっ飛ばしても。
「お前は根本から腐りきってるみたいだな。とりあえずそんな生き方をしていたらダメな大人になること間違いなしだ」
「ユッキーのくせにいちいちうるさいですよ! そんなことよりケバブの続きです!」
どの口がそれを言うか。
さっきもそれで野口英世が一人還らぬ人となったんだぞ。
ケバブ一つ五百円、合計千円。
せめてヒーリングかリザレクションを使えるようになってから俺にものを頼め。
「知るか。自分で買え」
「むむむ、尊徳感情……」
「だが断る」
誰がお前に尊徳感情なんか抱くか。
常人離れの怪力と、常識はずれの金銭感覚。
怪力はどうしようもないだろうから、せめてその金銭感覚だけでも治してくれないかね。
そうやってじっとしてれば人形みたいに美人だっていう……
「ところでユッキー、この街に吸血鬼がいるとの噂を聞いたことがあるのですが」
後、喋らなければ。
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