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──月は物分かりが良い。藍色の弱い光で、黙って僕を照らしてくれるから───
「煙草、部屋で吸って良いんだよ。私、そういうの気にしないから」
僕は、4階のベランダの手摺に右肘をついて、煙草を吸っている。
白々しく、月明かりが溜まっている場所。
高級ベッドの訪問販売を始めてから、家族親戚はもとより、古い友人の多くに迷惑を掛けた。
営業成績を追い求めた挙げ句、僕は今日、この気まずい場所へ、のうのうと転がり込んだ。
鉄面皮。
「救われた‥…か?」
風通しの良い場所。
煙草の灰が、風に飛ばされる。
灰が飛ばされた先、高速道路の高架の上には、赤いテールランプの帯が視界の果てまで延々と続いている。
道路の渋滞は、去年の暮れから長さを増してきた。
電車もバスも時刻表の存在を忘れて、尚且つ、動いてみたり止まったりしている。
「翔くん、口座番号間違えちゃった」
民間機が飛ぶ事を止めた空では、月だけがポカリと輝いている。
「2本線を引いてハンコを押してもらえる?」
網戸越しにそう答え、僕はコーヒーの空き缶に煙草を捨てて、寒い場所と暖かい場所を区切るカーテンをくぐった。
無理に履いた、女物のサンダルは脱ぎづらい。
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