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小山の中腹に、今の僕の目線あたりで、それほど太くもない幹を大きく横に曲げる梅の木がある。
この木を見ると軽い耳鳴りがする。
そして、山の上の方から聞こえてくる、ホトトギスの不器用な鳴き声。
「ぼっとぶっつぁげだぞう‥」
「えっ? 何それ、呪文?」
千尋が笑ってくれるから、少しだけ救われる。
「ホトトギスの鳴き声さ。このへんに住む人にはそう聞こえる。悪気は無いんだ、ちょっとした拍子で破けちゃつたんだ‥‥」
《ぼっと》とは妙な言葉で、標準語でこれを表すには苦労がいる。
僕の生まれた土地では、悪気無く他人の足を踏んでしまった様な場面でこの言葉を使う。
〈ぼっとない。ぼっとだぞい〉
「千尋、山の上まで行かないか?」
僕には確かめたい事がある。
この土地を離れてから止まない耳鳴りの理由。
淡い記憶に間違いがなければ、その答えは土の中にある。
〈ぼっとぶっつぁげだぞう〉
ホトトギスが、また鳴いた。
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