42人が本棚に入れています
本棚に追加
中腹の梅の木には思い出がある。
おそらく僕は、小学校1年生だった。その木に登って、降りる事が出来なくなった。
幹にしがみついた腕の力が無くなる頃に、ようやく思い出したように、泣きながら助けを求めた。
蝉がうるさい季節だった。太陽がとても眩しかった。
僕の声を聞きつけ、山道を駆け上がって来てくれたのは、いとこの直くんである。
直くんは、長い腕を伸ばすと、梅の木の幹に蝉のようにしがみついていた僕を、優しく草の上に降ろしてくれた。
僕が見上げた直くんの顔は、眩しい太陽の光だけをを背にしていた。
「裕ちゃん‥‥」
僕はどうしてか、直くんの言葉から逃げた。
駆け下る坂道の途中、何度か転んだ。
この土地を離れて、ずいぶんと年月は過ぎている。
そして何故だか、記憶の中の直くんの顔はぼやけたままだ。
いつもいつも夏の太陽を背にして、僕に何かを話し掛けようとしている。
最初のコメントを投稿しよう!