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ひたすら白い部屋。
あるのは椅子と机と茶器。いずれも、部屋の色との境界を見失いそうな白。
その人は現実離れした。どこまでも清浄な部屋に居た。
気付くと満身創痍だったはずの僕の体は全快と言ってもいいくらいに調子が良くなっていた。たった今砕かれたはずの香澄も僕の隣に立って、呆気にとられている。無理もない。僕だってまったく状況が読み取れないのだから。
「ごめんなさいね、香澄さん。痛かったでしょう」
「……いえ、平気です」
いつもは誰に対しても慇懃無礼な香澄が、警戒しながらも普段のようには出られない。彼女の態度は自分の性能に対する絶対的な自信からくるものだ。それをこの人はいとも容易く、言い訳のしようもないくらい完璧にへし折った。香澄は悟ったのだ。僕らとこの人の力の差を。
本当の神話の登場人物をしてさえお話にもならない戦力の主。瑠璃波最強。
それがこの人。日溜 彩葉なのだ。
「まぁ、座りなさい。時間が無いのはわかるけど、少しだけ話をしましょう」
「あ、え」
母さんは椅子を引いて自分が先に座ると、その向かいに置かれた椅子を指さした。困って香澄に視線を向けると早く座れとあごで示された。薄情な従者の言うとおり、僕は母さんの前に座る。
最後に見たあの日から、全く変わっていない。もしかしたら、もう年をとっていないのかもしれない。人の身でありながら、自分の力だけでお師匠様を打ち倒してしまうような人なのだから。
などという風に思考が逃げてしまう。まともに物を考えられない。どうしてここにいるのかとか、何故今僕の前に立ったのかとかーーーー。
「さて、なにから話そうかしら」
母さんは眼を閉じた顔に微笑みすら浮かべている。僕にそんな余裕はちっともない。
「逆に、あなたはなにが聞きたい?」
唐突に機会が与えられた。
僕が聞きたかったこと。そんなことたった一つしかない。ずっと昔から、疑問に思っていたこと。なのに、言葉が出てこない。聞く勇気がどうしても出ない。
俯いて黙りこむしかない僕を見かねてか、母さんが口を開いた。
「少し、ずるかったわね。これは私が言うことだわ」
「え?」
顔をあげた僕に、母さんははっきりと告げた。
「零也。私は、十年前に白夜を選んだわ」
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