3 .託される願い事

3/5
760人が本棚に入れています
本棚に追加
/46ページ
 呼吸が止まった。永遠に続くと思えるほどの沈黙があって、もう一度、母さんは口を開いた。 「それが、全てよ」  本当にそれだけ。それ以上を、母さんは言わなかった。  全部を言い訳だと切り捨てて。僕からのどんな言葉でも受け入れる覚悟を以て。  なにも無いわけなんてない。それでも、母さんはきっとなにも言わない。  とても、とても寂しかったけれど、僕は一人では無かった。お姉ちゃんは、一人だった。きっとそれが全ての理由。母さんの眼を見たら、全部わかってしまった。 「……母さんは」 「なにかしら」 「母さんは、僕をどう思ってますか」  だから、過去のことはもうおしまい。  なら僕が聞くことは今のこと。こうして、目の前に来た僕のことを、どう思っているのか。 「そんなの、決まってるわ。あなたは私の自慢の息子よ。私にそう言う権利がなかったとしても、それは変わらない。私の手を借りなくてもこんなに立派に育って、大切な人のために戦うことができるようになったんだから」  真剣に、ただまっすぐに僕を見つめて。 「あなたは私が愛する、たった一人の息子よ」  氷が溶けるようだった。  ずっと、聞きたかったこと。僕が嫌いだから、僕を捨てたのかということ。  それは今、間違いだったと証明された。  だったら。 「僕から聞きたいことは、もうないよ」  母さんは驚いた顔をしてから、笑った。  口角を上げた、凶暴そうな笑み。僕の知らない笑い方。だというのに、僕は自然と受け入れていた。これが、本当のこの人なんだろう。 「ああ、煩わしい!」  ぐっと手を母さんが握る。ばきんと音がしたと思ったら僕の前の空間が潰されて、母さんの前に引き寄せられていた。  日奈さんの空間破壊と同じような技術。そこまで考えたところで、僕は抱きしめられた。 「なんで一緒に居なくても、似ちゃうのかしらね」  笑いの余韻を引きずりながら、そう言ってから、空気が変わった。 「これがわかるわね、零也」  かざしてみせた右手。それを見て、目を疑った。  そこに刻まれた紋様を知っている。蜘蛛の巣のような網目模様。
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!