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呼吸が止まった。永遠に続くと思えるほどの沈黙があって、もう一度、母さんは口を開いた。
「それが、全てよ」
本当にそれだけ。それ以上を、母さんは言わなかった。
全部を言い訳だと切り捨てて。僕からのどんな言葉でも受け入れる覚悟を以て。
なにも無いわけなんてない。それでも、母さんはきっとなにも言わない。
とても、とても寂しかったけれど、僕は一人では無かった。お姉ちゃんは、一人だった。きっとそれが全ての理由。母さんの眼を見たら、全部わかってしまった。
「……母さんは」
「なにかしら」
「母さんは、僕をどう思ってますか」
だから、過去のことはもうおしまい。
なら僕が聞くことは今のこと。こうして、目の前に来た僕のことを、どう思っているのか。
「そんなの、決まってるわ。あなたは私の自慢の息子よ。私にそう言う権利がなかったとしても、それは変わらない。私の手を借りなくてもこんなに立派に育って、大切な人のために戦うことができるようになったんだから」
真剣に、ただまっすぐに僕を見つめて。
「あなたは私が愛する、たった一人の息子よ」
氷が溶けるようだった。
ずっと、聞きたかったこと。僕が嫌いだから、僕を捨てたのかということ。
それは今、間違いだったと証明された。
だったら。
「僕から聞きたいことは、もうないよ」
母さんは驚いた顔をしてから、笑った。
口角を上げた、凶暴そうな笑み。僕の知らない笑い方。だというのに、僕は自然と受け入れていた。これが、本当のこの人なんだろう。
「ああ、煩わしい!」
ぐっと手を母さんが握る。ばきんと音がしたと思ったら僕の前の空間が潰されて、母さんの前に引き寄せられていた。
日奈さんの空間破壊と同じような技術。そこまで考えたところで、僕は抱きしめられた。
「なんで一緒に居なくても、似ちゃうのかしらね」
笑いの余韻を引きずりながら、そう言ってから、空気が変わった。
「これがわかるわね、零也」
かざしてみせた右手。それを見て、目を疑った。
そこに刻まれた紋様を知っている。蜘蛛の巣のような網目模様。
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