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☆
この城には各部屋に窓がひとつしかない。そのただひとつの窓から零也が入ってきたのを見ていたのは彩葉だった。
その瞳は、彼女らしくないほどに揺れていた。
「さて、十年か。長いわよね」
まるで自分に言い聞かせるようにつぶやいて、右手を見つめた。その腕を胸の前で水平に構える。しかし拳を作ってもなにも起こらない。その恐るべき能力は日溜家の秘術『夜忌印封じ』によって抑えられている。
それを確認してから、握りこんだ拳で壁を殴りつけた。なんの力にも守られていないその手は壁に負け、血を流す。
「情けない。私には怖がる権利なんてないのに」
かすかに、右手は震えていた。痛みからくるものでないのは明白だ。
「ごめんね、白夜。ごめんね、零也。ごめんなさい、夢人。それでも私には我慢できないのよ」
頭を振って、窓から見つめる空。硝子に写る瞳にはもう、弱さはない。
「あら、思ったよりも汚れたわね」
壁に付いた血を見て、彩葉は何気なく手を握った。とたんに何事もないかのように壁の汚れは消えてしまった。まるで、事実を破壊されたように。
「さぁ、どのくらい大きくなってるのかしら、私の息子は」
不敵に笑って、彩葉はもう一度、手を握った。パキン、と何かが壊されたような音を聞いてから彩葉は満足そうに自分の椅子に座った。そのまま昨夜散葉が淹れた水出しの紅茶を口に運び、目を閉じて笑うのだった。
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