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真琴さんは、顧客先に出向いた際、何度か対応をしてくれた女性だった。
最初は特に目立つところもない、どちらかというと地味な女性だった。
「どうぞ」
行くたびに、香りの良い紅茶を淹れてくれた。
紅茶には特に興味はなかったが、行くたびに違う紅茶だということは分かった。
「あの、これは何という紅茶なんですか?」
ある日気になって、そんなことを聞いてみた。
正直、そこまで気になったということではない。
だた、『暫くお待ちください』と言われたから、打ち合わせの担当はまだ出てこないとわかっていたからだ。
ここの会社の”暫く”は、5分以上がザラで、正直一人で寒い来客室に取り残されるのは詰まらなかったのだ。
その女性は、特に表情を変えることなく、ぼつり と答えた。
「・・・・とちおとめ。イチゴの香りづけがされた紅茶です」
「へぇ~。どうりで、甘くて良い香りがするわけですね。
いつもこちらの会社にお邪魔させていただくと、美味しい紅茶がいただけるので、実は今日も楽しみにしていました」
「ありがとうございます。宜しいですか?」
”仕事に戻って良いですか?”という意味だったのだろう。
そう言われてしまえば、頷くしかない。
余計なことをしたかな、と思いつつ、その時は過ぎて行った。
ー鈴城 真琴ー
その女性の名前は、早い段階で分かっていた。
その会社はIDカードをかざさないと、中に入れないようになっている。
来客者は、受付でその都度来客者用の1度出てしまうと使えなくなってしまうIDカードを受取り、社員と色違いのネックストラップを下げていないといけない。
社員用のIDカードには、顔写真の他に名前も載っており、それを見れば、その人がどこの部署の誰だかわかる。
鈴城さんのIDには、営業事務と書かれていた。
とても小柄で、立って比べたことはないが、多分頭いっこぶんは小さい。
”華奢”という言葉が服を着て歩いているような印象で、どこもかしこもほっそりとしていた。
肩よりも短い髪の毛は、一本一本黒く光るようで、肌の白さが一層際立っていた。
化粧らしい化粧はしないらしく、飾り気のない小さな顔の中に、黒々とした瞳が印象的だった。
着ている洋服も、小さくフリルのついたブラウスに黒いロングスカートだったり、楚々としたものが多い。
白と黒。
彼女はどこまでも控えめな女性だった。
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