1.sweet

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 すっかり寒さも和らいだ晴れの日。目に染みるほどに透き通る青い空を見上げて、大きく伸びをした。  三月も、もう終わりに近づいている。  いつもの河川敷を自転車に乗って颯爽と走り抜けて行くあたしに、 いきなりストップをかける声が響く。 「ちょっと、まてぇ !」  自転車ごとびっくりして少し跳ね上がると、すぐ様ブレーキをかけて辺りを見回した。  見渡す限り、降り注ぐ太陽の日差しが反射する穏やかに流れる川の音と、鳥のさえずりしか聞こえてこない。  声の主を必死に探していると、今度は呆れたような深い深いため息が 聞こえてきた。 「どこへ行こうとしてる?」  呆れた声の方を振り返ると、 今一番会いたくない顔に全身血の気が引いた。  無理矢理に口角を上げてから前を向く。一気にペダルを強く踏み込んだ。 「ごめーん! もう無理! あたし、あんなに頑張ったんだよ? もう解放してよぉー」  自転車を走らせて逃げる。 「あ! こら待てっ! 千夜(ちよ)!」  学力とはだいぶ遠い高校の受験を必死に頑張って頑張って、きっとギリギリラインだったに違いないが、見事に合格を果たした。  春からは高校生。  小さい頃から隣の家に住む、幼なじみの桐谷 楓(きりたに かえで)は、頭が良くて余裕で受験を迎えられることもあり、あたしは毎日勉強漬けの日々を強いられた。  もちろん、楓のいない高校生活はありえないし、今まで本当にお世話になりっぱなしで、頭が上がらない。  でも、今回の受験は本当に鬼のようだった。  それも晴れて合格!  もう解放される。  そう思ったのもつかの間、入学後に勉強に付いていけないあたしを見越して、楓はまたしても毎日勉強をしろと、教科書やら参考書やらをどっさり用意してきた。  もう無理。限界。  そう思って飛び出してきた、麗かな春の日の午後。  こんなにいい天気なのに、あんな文字だらけの分厚い参考書読んでいたら、もったいなさ過ぎる!  見えてきたのは、最近オープンしたカフェ。ガラス窓越しに手を振る人影を見つけると、嬉しさのあまり自転車から降りて駆け出すと、ガラス越しに話しかけた。 「奈々香(ななか)さーんっ! 会いたかったよーっ!」  両手を上げて喜ぶあたしの頭を、軽くポンっと叩く大きな手。 「中に入ってから騒げ」  呆れた声は先ほどのトーンよりも、ずっと優しい。 「げっ! 楓!?」  明らかに嫌そうにしてしまったあたしの表情に、今度は吹き出して笑われる。 「おまえはやっぱ可愛いなぁ。顔に出すぎだろ。俺も呼ばれたの。さっき一緒に行こうと思ったのに逃げやがって」 「そーだったの!? なーんだぁ、あたしまた勉強の鬼が来たのかと……あ、いえ、なんでもないです……」 「とにかく入ろうぜ、あっちも呆れて待ってる」  ガラスの向こう、苦笑いをする奈々香さん含め、近くの席に座っている人も呆れた顔をしているから、あたしは恥ずかしくなって楓に隠れるように店内へと進んだ。
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