49人が本棚に入れています
本棚に追加
すっかり寒さも和らいだ晴れの日。目に染みるほどに透き通る青い空を見上げて、大きく伸びをした。
三月も、もう終わりに近づいている。
いつもの河川敷を自転車に乗って颯爽と走り抜けて行くあたしに、 いきなりストップをかける声が響く。
「ちょっと、まてぇ !」
自転車ごとびっくりして少し跳ね上がると、すぐ様ブレーキをかけて辺りを見回した。
見渡す限り、降り注ぐ太陽の日差しが反射する穏やかに流れる川の音と、鳥のさえずりしか聞こえてこない。
声の主を必死に探していると、今度は呆れたような深い深いため息が 聞こえてきた。真後ろは視界に入っていなかった!
「どこへ行こうとしてる?」
呆れた声の方へ振り返ると、 今一番会いたくない顔に血の気が引いたのを感じた。
無理矢理に口角を上げてから前を向く。
「ごめーん! もう無理! あたし、あんなに頑張ったんだよ? もう解放してよぉー」
一気にペダルを強く踏み込んだ。思い切り自転車を走らせて逃げる。
「あ! こら待てっ! 千夜!」
学力とはだいぶ遠い高校の受験を必死に頑張って頑張って、きっとギリギリラインだったに違いないが、見事に合格を果たした。
春からは高校生。
小さい頃から隣の家に住む、幼なじみの桐谷 楓は、頭が良くて余裕で受験を迎えられることもあり、あたしは毎日勉強漬けの日々を強いられた。
もちろん、楓のいない高校生活はありえないし、今まで本当にお世話になりっぱなしで、頭が上がらない。
でも、今回の受験は本当に鬼のようだった。
それも晴れて合格!
もう解放される。
そう思ったのもつかの間、入学後に勉強に付いていけないあたしを見越して、楓はまたしても毎日勉強をしろと、教科書やら参考書やらをどっさり用意してきた。
もう無理。限界。
そう思って飛び出してきた、麗かな春の日の午後。
こんなにいい天気なのに、あんな文字だらけの分厚い参考書読んでいたら、もったいなさ過ぎる!
見えてきたのは、最近オープンしたカフェ。ガラス窓越しに手を振る人影を見つけると、嬉しさのあまり自転車から降りて駆け出すと、ガラス越しに話しかけた。
「奈々香さーんっ! 会いたかったよーっ!」
両手を上げて喜ぶあたしの頭を、軽くポンっと叩く大きな手。
「中に入ってから騒げ」
呆れた声は先ほどのトーンよりも、ずっと優しい。
「げっ! 楓!?」
明らかに嫌そうにしてしまったあたしの表情に、今度は吹き出して笑われる。
「千夜はやっぱ可愛いなぁ。顔に出すぎだろ。俺も呼ばれたの。さっき一緒に行こうと思ったのに逃げやがって」
「そーだったの!? なーんだぁ、あたしまた勉強の鬼が来たのかと……あ、いえ、なんでもないです……」
「とにかく入ろうぜ、あっちも呆れて待ってる」
ガラスの向こう、苦笑いをする奈々香さん含め、近くの席に座っている人も呆れた顔をしているから、あたしは恥ずかしくなって楓に隠れるように店内へと進んだ。
最初のコメントを投稿しよう!