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「…今日、やりづらい?」
「んん?ああ、目のことか。大丈夫だよ。」
「………夢を、見たんだ。」
「…どんな?」
「浅倉さんに、告白する夢。…気持ち悪いって、言われたけど。」
そうか、とだけ言って、それきり広野さんは黙ったまま、手を動かした。
顎を捕らえられて、唇にリップグロスを塗られる。
ぼんやりと、真剣な眼差しの広野さんを見つめた。
広野さんには、なんでも話していいような感覚になる。
この人は、ただ聞いてくれるのだ。
その短い相槌で、沈黙のように肯定をしてくれるのだ。
「…泣くなよ、イチ。」
今泣いたら、俺の努力がそれこそ水の泡だ、と、相変わらず真面目な顔をして広野さんは言った。
泣きそうになったのを見透かされて、気恥ずかしくなる。
「…よし、出来た。」
ほう、と息をついて、広野さんは、また、いつものようなふにゃりとした笑顔になった。
ウィッグを被って、髪型をセットする。
鏡の中の自分はまるで女の子にしか見えなくて、コレが本来なら良かったのに、と、どうしようもないことを考えた。
見た目は女の子でも、所詮は男なのだ、完全にはなれない。
小さくため息をついて、カメラをかまえる広野さんにむかって、とびきりの笑顔を作り上げた。
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