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義宗様が私に近付き、あるものを差し出してきた。
昨晩、私が義宗様の額に置いてきた母上様の形見の手拭いだった。
「はい、たしかにその手拭いは私のものにございますが……。何故私だと思われたのですか?」
「桜の刺繍を見て、すぐに浮かんだのが桜、そなただった」
義宗様から手拭いを受け取る。
「そして何より屋敷の者はわしには近付きたがらない。次期当主という名目でわしを立ててはくれておるがな。こういう奇特なことをするのはそなたくらいだ、桜」
「ほんに、お恥ずかしゅうございます」
悲しそうに義宗様は、庭を見ている。
本当は私などではなく、来て欲しい方がいらっしゃったのではないか?
そう思うと、義宗様のことを切なく思う。
「嬉しかったよ、桜。わしはてっきりそなたがわしを嫌っておるものと思うておった故、ほんに嬉しかったよ」
「たしかに、以前は義宗様を怖いと思っておりました。ですが、今はそのお心根に触れ、より義宗様のことを知りたいと思うております。そのお姿も昔、幼い頃に聞いた寝物語の優しい妖のようでございます。妖に例えるなど失礼なのかもしれませぬが……」
「いや、悪い気はしない。怖くないと言うてくれるだけで、やはり嬉しい」
笑ってくれた。
義宗様の初めて見せてくれる顔に私は嬉しかった。
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