第一幕・桜【前編】

17/18
前へ
/101ページ
次へ
また一口お酒を呑まれる。 私は義宗様の話に口をはさめなかった。 義宗様を思えば、どこまでも胸が締め付けられる。 苦しい。 この方は今までどんな思いでお酒を呑まれていたのだろう。 「母上はわしにも父上にも近寄ろうとしなかった。それでもわしは幸せだった。東雲の為に生き、死んでいった父上を尊敬しておる。だから今日は呑ませてくれ、桜……」 義宗様が穏やかに諦めを浮かべ泣いていた。 「皆が宴で騒いでいるのを聞いて、一人でこの一年、東雲の神子として生きたのだと父上に語っておったのだ。父上の元へもうすぐ逝くと。だがな、桜。そなたが嫁いできてからたまに怖く思う。わしは一人で生き一人で死ぬのだと、神子として生きることに揺らぐものなどない。そう信じていたのに。死ぬことが怖い、もっとそなたと生きていたい、と思うようになっておる」 堪らなくなった。 義宗様を抱き締めていた。 ようやくわかった。 この雨は義宗様が降らせていたのじゃ。 悲しみが雨となり、泣いているのだと。 いつも何かを諦めたように笑う義宗様。 本当は泣きたかったのだと。 そう思うと義宗様が痛々しい。
/101ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加