序幕・蕾み

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 私は母上の顔を知らない。  父上は私が五つの時に死んだ。  それからはお祖父さまやお祖母さま、東雲のみんなやお琴に育てられた。 「嫌じゃ、何故再従兄弟である柊殿と婚姻を結ばねばならぬのじゃっ」 「いい加減お聞き分けをください、小桜様」  部屋で私を宥めているのはお琴。  母上の乳母であったと聞いている。  白髪混じりの老女は私の背中を摩る。  嗚咽をしながら泣くのが止まらぬ私にオロオロとするお琴。 「嫌なものは嫌じゃ。私はお家のことなど知りとうもないわ」 「お聞き分けの悪いところは桜様そっくりでございますね」  懐かしそうにお琴は言うが、私は母上の顔は知らない。 「何が嫌なのですか?小桜様」 「柊殿は言うておったそうだ。”日和(ヒヨリ)姫は物の怪の化身のような面妖な姿であると。その姿は気味が悪い”と」 「誰がそんなことを?」 「侍女の椿じゃ」  お琴を睨めつけると私は口早に言う。  それが悲しかった。  柊殿は人柄の良い誠実な方と聞いておった故、余計にそう思う。 「侍女の戯れ事など間に受けてはなりませぬ。こうやって小桜様を宥めていると思い出しまする、桜様が東雲に嫁ぐ時も同じことを言っておりました」 「まことか?お琴」 「真でございまする。桜様もこうやってお琴が宥めておりました」  桜は、母上の名だ。  私には二つの名がある。  父上が呼んでいた小桜。  髪が日のように明るいから日和ーー……。
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