2人が本棚に入れています
本棚に追加
私は母上の顔を知らない。
父上は私が五つの時に死んだ。
それからはお祖父さまやお祖母さま、東雲のみんなやお琴に育てられた。
「嫌じゃ、何故再従兄弟である柊殿と婚姻を結ばねばならぬのじゃっ」
「いい加減お聞き分けをください、小桜様」
部屋で私を宥めているのはお琴。
母上の乳母であったと聞いている。
白髪混じりの老女は私の背中を摩る。
嗚咽をしながら泣くのが止まらぬ私にオロオロとするお琴。
「嫌なものは嫌じゃ。私はお家のことなど知りとうもないわ」
「お聞き分けの悪いところは桜様そっくりでございますね」
懐かしそうにお琴は言うが、私は母上の顔は知らない。
「何が嫌なのですか?小桜様」
「柊殿は言うておったそうだ。”日和(ヒヨリ)姫は物の怪の化身のような面妖な姿であると。その姿は気味が悪い”と」
「誰がそんなことを?」
「侍女の椿じゃ」
お琴を睨めつけると私は口早に言う。
それが悲しかった。
柊殿は人柄の良い誠実な方と聞いておった故、余計にそう思う。
「侍女の戯れ事など間に受けてはなりませぬ。こうやって小桜様を宥めていると思い出しまする、桜様が東雲に嫁ぐ時も同じことを言っておりました」
「まことか?お琴」
「真でございまする。桜様もこうやってお琴が宥めておりました」
桜は、母上の名だ。
私には二つの名がある。
父上が呼んでいた小桜。
髪が日のように明るいから日和ーー……。
最初のコメントを投稿しよう!