第一幕・桜【前編】

4/18
前へ
/101ページ
次へ
 それから二月の刻が過ぎ、戦であの方は東雲から居なくなった。  さらに歳月は過ぎた。  嫁いだのは夏であったのに、もう雪の舞う如月じゃ。  この東雲は雨は多いが雪は少ない。  また一月が過ぎ、弥生が終わろうかという頃。  珍しく雪が大層深く積もった日のこと、あの方は私の元へと帰ってきた。  隣国との戦であったと聞くが、傷だらけの体が痛々しいものであった。  さらに二日後のことであった。  傷が癒えておらぬと言うに、あの方は桜を見に行こうと屋敷から私を連れ出した。 「何処へ行くのですか?」 「明日より三日祭だ、その前に桜を見に行こうと思おてな。そなたにも気に入って欲しい」  山の細い道を歩くこと、日が真南に差し掛かった頃にその場所にたどり着いた。  そこには湖があり、その真ん中には小さな島があった。    私は息をのむ。  小さな島には大きな桜が咲いていた。  ほんのりと染まる薄紅の枝垂れ桜ーー。  私は感覚の全てをその枝垂れ桜に奪われていた。
/101ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加