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少年は、死に臨んでいた。
麓の街を見下ろす、高い山の断崖で。その高低差は、恐らく100mを下らないだろう。
そこから、少年は飛ぶつもりだった。
死ななければならない。速やかに、そして確実に。だがそれは、自ら望んだ死ではなかった。ある意味、それは選ばされた死だった。
「……それでも、僕は、死ななければならない」
少年は、自らに言い聞かせるようにつぶやく。
「お前と、共に」
その目には、迷い、悔恨、恐れ、そしてそれ以上の、決意がある。
少年の声に抗おうとするかのように、木々がざわめく。
「よせ……やめろ……」
重い、地の底から発せられたような声が響く。それは、驚くべきことに、少年自身ののどから漏れていた。
「無駄だよ。お前は僕と共に永遠にさまようんだ。誰にも手出しのできないところでね」
それをかき消そうとするように、少年は言う。
「僕の大切な人たちを守るためには……それしか、ないんだ」
少年が、一歩、崖へと踏み出す。
「よせ……よせぇぇぇぇぇ!」
低い声が絶叫する。
だがそれに歩みを止めることなく、少年は空中へと足を踏み出した。両腕を広げ、まるで空へと飛翔しようとするかのように宙へと舞い踊る。
「さよなら……みんな……」
そして、残さなかった遺書の代わりのように。
「さよなら……紅香……」
その言葉だけを残し、少年は崖下へと落ちていった。
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