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「全くだ‥‥わざわざ秘境まで行って連れて来た拳法の達人‥‥‥‥今日こそ地に膝を付くお前が見れると思ったんだがな」
「それは残念でございました」
溜め息を吐く主人と微笑む執事、面白そうに笑みを浮かべる侍女。なかなか絵になる光景だ。
「ご苦労だったな、セバスチャン。まあ飲め」
「恐れ入ります」
主人が差し出したグラスを受け取った執事は、それを一気に飲み干す。
その後ろでは庭師と家女中が嬉しそうにはしゃいでいた。
「──────ところで」
しかし、執事の一言で彼らの動きが止まる。
「貴方達はどうしてここにいるんです?」
危険を感じて冷や汗を流し始めた使用人3人組に、侍女が「あらあら‥‥‥」と面白そうに目を向けた。
「フィニ、中庭の草むしりは終わったんですか?メイリン、シーツの洗濯はどうしました?バルド、貴方は晩餐の仕込みをしていた筈では?」
「え‥‥えっと‥‥‥‥」
一気に言い放った執事の問い掛けに慌て始めた使用人達は、主人の隣で未だ笑みを浮かべている侍女に目で助けを求める。
彼女はまだ少女の様な容姿だが、こう見えても使用人達にとっては頼りになる存在らしい。
「私なら‥‥‥セバスチャンの雷が落ちる前に持ち場に戻るかな」
考える様に頬に食指を添えた侍女が「ね?」と小首を傾げると、使用人達は「はいっ!」と元気良く各々の持ち場へと散って行く。
「はぁ‥‥セリーヌ、貴女は彼らを甘やかし過ぎです」
「あら、良いんじゃない?『仕事』は出来なくても『掃除』さえ出来れば」
さらりと紡がれた言葉に執事が再び溜め息を吐いたとき、思い出した様に主人が口を開く。
「仕事と言えば‥‥‥セバスチャン、セリーヌ」
主人の呼名に、執事と侍女は緩んだ空気を引き締める。
「イタリアのクラウスから電話があった」
「クラウス様から?」
執事は立ち上がる主人の椅子を引き、侍女はグラスを下げながら耳を傾ける。
「それについて少し話がある。来い」
「「かしこまりました」」
侍女はグラスの載ったトレイを家令に渡し、主人に杖を渡した執事と共に小さな背に付いて行った。
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