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「ただいまー! 買ってきたよ、ネギ」
「もっと静かに開けろ! 壊れちまうだろうが」
そんな会話の応酬に、二人連れの客も揃って出口の方を振りかえる。戸口にいたのは常連の男も見覚えのない、高校生くらいの若い娘だった。
ジャージに真っ黒なエプロンという酷く色気のないスタイルではあるが、顔は上々だ。ひとつに結わえた髪が、肩に着くか否かのところで歩く度ひょこひょこ揺れる。そうやって彼女は真っ直ぐにカウンターへ歩み寄ると、ネギが覗いたエコバックを店主の方へ突きつけた。
「ギリギリだ。暇がねぇから今すぐ刻め」
「え、ネギないのにラーメン受けたの?」
「久しぶりの客が来たもんでうっかりしていた」
「えぇー、ありえなーい」
ぶーぶー言いながらも、すぐさま女は厨房へ駆け込むと、ネギを洗い始める。
「大将、バイト雇ったの?」
「俺の娘だ。小遣いが欲しいというから先月から手伝わせている」
「えぇ!?」
店主の言葉の後半は、男の素っ頓狂な叫びに掻き消された。
「大将、結婚してたのか……」
「常連なのに、知らなかったんですか?」
「だって今まで見たことねえもん」
連れに突っ込まれ、馴染み客は彼をじろりと睨んで一蹴すると水差しから水を注いで一気に干した。
「そりゃそうだ。お前らみてえな手の早ぇ連中の前に愛娘を出してたまるかと、今までは店に来るなってきつく言っていたんだ」
「じゃあ、もう手を出していいってことですか?」
「警視クラスになってから言え、馬鹿野郎」
定年まで働いても無理っすよ~、と男はふざけて笑ったが、冗談のようなことを言いながら店主はまったく笑っておらず、若い男は目を逸らして水を一口飲んだ。それを見て、娘がくすっと笑う。
「初めまして、娘の莉子(りこ)です。えっと、お客さん達は常連さん? 早く顔覚えますね!」
刻み終わったネギを乗せ、カウンター越しにラーメンを出しながら、娘がにこっと笑う。それを見て、若い男が慌てたように顔の前で手を振った。
「いえ、僕はこの春から異動でこっちに来た……」
「そうだ、話が途中になったな。さて、まさかの人物とやらの紹介を聞くとするか」
店主が出した定食の盆を受け取りながら、恥ずかしそうに若い男は名乗りを上げた。
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