【第一章】それでも僕はやってない!

4/23
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/72ページ
 佐藤真夏(まさか)。冗談のような名前は、苗字が平凡だったからせめて名前は、と思ってつけたのかと深読みした日もあるが、親に聞いてみたらやはり、単に真夏に生まれたからというだけだった。名乗った後には必ず「そんなまさか!」というリアクションがつきまとい続けて二十四年。昨夜も例に漏れず、ラーメン屋の親娘に揃って同じ反応をされた。  就職してからは、さらに突っ込みが増えた。  職業を聞かれて警察官と答えようものなら、もう一度「そんなまさか!」である。その為真夏は職業を聞かれたら大抵公務員と答える。そう言っておけば、勝手に役所の人間だと思われる。そんな真夏は、この春から異動で刑事になり、まさかと言われる要素がまたひとつ増えた。出勤する署が少し遠くなったのもあって、今までより三十分早く地下鉄に乗り込む。  まだ通勤ラッシュの時刻には早く、ゆうゆうと座席に陣取っていると、うとうとしている間に下車する駅名がアナウンスされる。慌てて飛び降りひと息ついて時計を見る。六時四十五分。駅から署までは徒歩五分もないから、コンビニで朝食代わりのゼリーを買って飲み干し、真夏が署の扉をくぐったのは七時丁度だった。  当直の署員に挨拶をして、上着を自分のデスクに掛けておもむろに掃除を始める。  刑事といえば聞こえはいいが、真夏はまだ勤続二年の下っ端だった。所謂キャリア組というものでもない。たまたま異動先で刑事が不足していた為に、希望も出していないのに成り行きで刑事になった。高い志を持って刑事を目指している警察官が聞いたらさぞ嘆くことだろうと、真夏はよく申し訳ない気持ちになる。警察学校時代の同期にも、そんな仲間は多くいた。  掃除を終えると、再びデスクに戻って上着を羽織りなおす。既に、先輩達は出勤している。そろそろ上司が来てもおかしくない時間だ。外に目を向けると、丁度上司の姿が見えて、真夏は背筋を正した。 「おはようございます!」  挨拶のあとは、いそいそとコーヒーを淹れに向かう。  会社員の父にはこの仕事を度々羨ましがられるが、やっていることは会社員の下っ端となんら変わりないとは中々言い出せないでいる。とはいえ、安定した収入に引かれてこの仕事をしているに過ぎない真夏は、難事件を追いかけるよりは掃除とお茶汲みをしている方が気が楽だ。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!