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終電はガラガラだったが、真夏は座席の一番端に浅く座ると、だらしなく背もたれに体を預けた。そんな気分でなくとも先輩に誘われれば断われず、例のラーメン屋で飲んだビールが定食を押し出そうとして胃の中で戦争している。
「あれ? もしかして佐藤じゃないか?」
だが不意に声を掛けられ、真夏は閉じていた目を渋々と開いた。声の方を向くと、向かいの席の真ん中に座っていたスーツの男が笑いながらこちらを見ていた。
「やっぱりそうだ。まさかと思ったら佐藤まさかじゃないか」
「……ああ、えっと……吉岡?」
幼稚園の頃から何度言われたかわからない、聞き飽きたジョークはもう挨拶と思って流している。目をこすりながら相手を確認すると、警察学校時代の同期だった。
「久しぶり。今どこだ?」
「西区。佐藤は?」
「今年異動があって北区になったよ」
地下鉄が停車し、大きく揺れる。思わず口を押さえた真夏を見て、吉岡はからからと笑った。
「相変わらず弱そうだな」
「どうにも、ビールが旨いと思えない」
「お子様だなぁ」
近くの乗り場から、派手な女が一人乗車してくる。彼女は向こうの、誰も座っていない座車両へと姿を消した。その間に、吉岡も真夏の隣に席を移動してくる。
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