迷宮の支配者

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 迷路が好きだ。自由帳を開けば鉛筆でぐるぐるかくかく線を引いて、無数の迷路を描いたものだ。  迷宮が好きだ。キャラを操作して罠を解きつつ最奥を目指すあの高揚感は何物にも変え難いものだ。  しかしてそれは自らに危険が無いからこそ。現実に命が脅かされるとなれば話は全く別である。つまり別である。何が何と言おうがこの状況は間違いなく別である。  僕の名前は守屋幸光(もりやゆきみつ)。職業は自宅警備員。嘘ですまだ学生です。とは言えこの就職氷河期に内定も貰えず新年を迎えてしまったとなればそうなる可能性も低くは無い。世知辛い。  僕がいつものように就職支援サイトからのメールを読むべくヤホーメールを開くと、迷惑メール欄には三百八十の文字が。何ということでしょう、一昨日整理したばかりなのに受信箱がいっぱいおっぱいに変貌してしまいました。最近は業者もなりふり構ってられないのかね、とか考える。  今思えばその時にすべて消してしまえばよかったのに。僕はスケベ心を抑え切れずに、むふふ画像を探して中身を確認する作業を始めてしまった。そして一際視線を惹き付けるメールを開いてみた。画像は無かった。残念。というより、出会い系の広告ですらなかった。  メールの内容はこうだ。異世界でダンジョンを運営しませんか。今ならサポートキャラを始めとする様々な特典を受け取ることができます。新作ネトゲの紹介だろうか。ダンジョンとは僕のツボを的確に突いてくるじゃないか。  そしてイエスノーボタン。これを押せばゲームサイトへ飛ばされること間違いなし。もしくはブラクラ。後者だったら僕は大声を出して泣き出すだろう。その方がすっきりするし。ふとボタンの下に申し込み期限の表示を見つけた。残り一分。残り五十九秒。五十八、五十……。 「もし、もしブラクラだったら本気で泣こう、うん」  日本人の悲しい性、残り僅かとか限定とかに弱い。僕も例に漏れずその類だった。そして残り三十秒になると同時にイエスボタンをポチっとな。ダブルクリック。  そしたらブラックアウト。僕の意識が。マジかよ。  一瞬の浮遊感と共に僕の意識が落ちていく。いや身体かな。どっちでも変わらん。  ブラクラの方がマシだった。
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