その一

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 ここは竹中信二が住んでいるアパートの、二階にある自分の部屋である。  安月給のサラリーマンである信二が、町中の不動産屋を探して回り、ようやく見つけた家賃三万円のアパートだ。  繁華街からはかなり離れているが、会社に近いということで、この町の不動産屋をくまなく探していたのである。  閑静な住宅街の中に、ポツンと建っている古ぼけた木造の二階建てアパート。  最初にそのアパートを見たときは、まるで明治時代に建てられたんじゃないかと思うほど古ぼけていた。一階に三部屋、二階にも三部屋。全部で六世帯分である。  その古さにこの部屋を借りることを一瞬ためらったが、家賃三万円は魅力的だ。今どき、そんなに安いアパートは存在しないだろう。  そのアパートには、一階と二階それぞれに一部屋ずつ空き部屋があった。信二は少しでも見晴らしのいい二階の一番奥の部屋を借りることにしたのだ。  廊下を歩くとミシミシと音がする。今にも抜け落ちるのではないかと思うほど。部屋の広さは1DK。トイレとシャワールームが同居するユニットは好きではないが、まあ贅沢も言ってられない。
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