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放課後になっても、僕はがっくりと項垂れた頭を上げることができないまま、とぼとぼと下校の途についていた。
真面目に普通に当たり前に、廊下を歩いていた。
そこで突然、曲がり角からトップギアで疾走する女の子が現れた。
そう、遂に彼女の登場さ。
「あっ!」
「うわっ」
そりゃもう、衝撃的だったね。
漫画みたいに廊下の曲がり角で女の子にぶつかる。
それこそ僕の憧れるシチュエーションだったけれど、彼女の第一声は、型にはまった僕には予想もできない言葉だった。
「あたた……あかんよ君。“廊下を走る奴に気を付けろ”は常識やろ?ちゃんと避けてくれな。ほんま、これやからゆとり世代は」
めちゃくちゃなことを言う人だ。
そう思いながらも、スカートをはたきながら立ち上がる彼女から僕は目を離すことができず、しりもちをついたまま唖然としてしまった。
メタリックブルーのフレームの眼鏡をかけた、一見真面目そうな清楚な女の子。
しかし、彼女が真面目とか清楚とかいう言葉からは最も縁のない女の子だということは、きっと全校生徒が知っている。
「何ボケッとしとるん?ほら、はよ立ちぃ。いつまでもしりもちついとったらお尻から根っこが生えてまうで」
「あ、ありがとう。姫崎さん」
差し出された手を握り、彼女の玉のような肌に感動しながら、僕は彼女の名を呼び立ち上がった。
そう、僕は彼女のことを知っていた。
彼女の顔も名前もあだ名もテストの成績も、知らない者はいない。
一年一組、姫崎玲奈。
高等部から入学した僕でさえ、彼女が“姫様”と呼ばれ多くの生徒から慕われていることは当たり前のように知っていた。
「ふむふむ……ありゃ、ネクタイの色からして同学年みたいやけど、うちの知らん人やね。君、なんてゆうん?」
高等部からの編入組で、部活に所属しておらず、積極的に友達を作ろうとしなかった僕の顔を、当時の玲さんが知らないのも無理はない。
けれど正直、名前くらいは知ってて欲しかったな。
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