或る八重子

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だから分からない話題を振られても頷いたり笑ったりしなくてはいけない。 たとえ悪口書かれた靴を履いたまま教室に入って来た恵美を可哀相と思っても、クスクス笑いするの。 でも一度だけ恵美に謝ったことがある。 ケーキ奪い取って食べた時に。 「悪気はなかったの。ごめんね」 恵美はニコッと笑ってこう言った。 「良いの。 お母さんがね、皆と仲良くなる為に一緒に食べなさいって私に持たせたケーキだし」 その時私は胸が苦しくなって恵美に何も言えなかった。 私は胡桃の「友達」であることで恵美のように「凡人」の下の「奇人」扱いされることもなく、「指導者」の仲間でいられた。 私は高二になった今でも「普通」の生徒でいる努力を惜しまない。 成績上位の胡桃達に合わせるには、馬鹿では駄目だった。 私は恵美の時には敵になった「成績」を味方につけ、胡桃達と勉強会もした。 こうして私は今まで「普通」の生徒の地位を保ち続けてきた。 だがそれと同時に「或る大隈八重子」でしかなくなった。 個性も特徴もない一人の女子高生として私は平穏な日々を送ってきた。 …そう、あの時までは。
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