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『鬼』の言葉が霧島に染み渡る。
『なにもしなければ、助かる』というのなら、ここはじっとしていればいい。そうしなければ殺されるんだ。
なら、なにもしないことが最善だ。
しかし、それは、つまり、
(俺だけは助かる。そう、俺『だけ』は、だ)
少女は殺される。
そのことに変わりはない。
(いや。いやいやいや!! 別にいいだろ。あんな化け物に狙われる理由があるあの女が悪いんだ。俺は悪くない。俺があんな化け物と関わる理由なんか、一つもねえだろうが!!)
霧島が首を振り、歯を食いしばり、必死に自らに言い聞かせていた時だった。
ブシュ、と。
液状のものが飛び出た。
「ァ…………?」
少女の口から赤い、赤い液体が吹き出す。
ガチガチと、激痛からか、恐怖からか、震えている少女が赤く染まった唇を開く。
「…………に、げて…………」
「…………は?」
「はやく、逃げ―――」
「おいおい。そんなつまんねえこと言ってないでよお! 悲鳴の一つでもあげて、楽しませてくれよ!!」
鈍い音が連続する。
人体を破壊する音が路地裏に響く。
『鬼』の握力が少女を破壊していく。
今、少女には霧島が感じたこともない激痛が襲いかかっているはずだ。
なにもしなければ見逃して貰える霧島と違って、なにをしたところで死を回避できない少女のほうが恐怖しているはずだ。
本能的に目の前の『人間』に助けを求めるのが、普通だ。
だというのに。
「は、やく…………にげ…………」
少女は助けを求めない。
少女は霧島に逃げろと言い続ける。
己の死と引き換えに霧島を助けようとしている。
「……………………、ちくしょうが」
その数分後。
一つの命が粉砕された。
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