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行かないでと引き留めておきながら、大丈夫と漏らす彼女を見て、雅人は小さく息を漏らす。
それが深月を苦しめるような、ため息にならないようにと、そっと息を吐くのだ。
そうしながらやんわりと手を解き、そうしてから深月は、雅人の両手の指先だけをそっと包むように摘まんだ。
「今日、宴会だっけ」
「よく覚えてる。そう、宴会の手伝い」
「そっか。じゃあ行かなきゃね」
指先に力を込めて握り、そしてパっと深月は手離した。
その手放し方は、これで最後と言ってるような、もう不要だと言ってるような。
名残惜しさを感じさせない潔いその感じが、毎度雅人の胸を少し軋ませることを、彼女は知らない。
「飯、食えよ」
「……うん。頑張る」
「頑張る、じゃなくて。ちゃんと食べて」
「分かった」
分かったと返事はするものの、その約束は守られているのかと会うたびに首を傾げたくなるような細すぎる肢体。
せめて標準体型に近づけてやりたいと願って、食事を作ってやるようになったのは、雅人の勝手な押し付けだ。
しかし、それが生かされているのかどうか分からない深月を見て、少しばかりまた残念な気持ちになってしまう。
そんな気持ちを隠すように深月の乱れた髪にすっと指先を通して整え、雅人は立ち上がった。
「今日は、遅いから」
それは『遅いからもう来ない』『しばらくは電話に出られない』という合図だ。
深月は分かりきったその説明に何も答えずに頷いた。窓の外をチラリと見ると、また雲が重たくなっている。
「どうしても、辛かったら連絡しろよ」
もう来れないと言っておきながら、窓の外を見る深月の横顔が痛々しくて、たまらずに言葉を紡ぐ。
それでもこちらを向くことも、返事をすることもない深月の頭を撫でかけて……雅人は触れずにその手を引っ込めて玄関へ向かった。
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