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玄関で紐が多いブーツカットの靴を履く雅人を、深月はその場から動くこともなく胡乱気な表情を浮かべてぼんやりと見つめた。
行かないで、などと思考のぼやけた寝起きだからだとしても、言ってしまった自分に後悔している。
そんなことを言えば、雅人が気にすることが分かっているのに――だから、引き留めるような言葉は言わないと決めているのに。
甘え過ぎている自分を叱咤して唇を噛みしめると、靴を履き終えたらしい雅人が、玄関で立ち上がって深月を見ていた。
「行ってくる」
近しい人間だけが分かる、ほんのりとたまにだけ見せる笑みを浮かべてから、雅人はゆったりと深月に背を向けて玄関のドアを開けて出て行った。
雅人は呆れるくらい深月に尽くしてくれる。
いつでも追いかけてもいいように。引き留めても振り向けるように。
深月に背を向けることを、なるべくしないように――
「ごめんね、雅人。いつも、ごめん――」
直接伝えることは叶わない言葉を呟きながら、深月はふらりと立ち上がって窓に近寄って空を見上げた。
雨音が聞こえないようにと、高層とまでは言わないけれど10階で暮らしている。
……それでも聞こえないわけではない。
嫌な黒さを誇る雨雲を呪うように見つめる。
「嫌い、雨なんか。大嫌い……」
雨音は遠いけれど、その分空に近くなった10階の家の中。
どこまでも自分を追い詰めるような雨が、ますます嫌いになった。
眠れなくて重怠い体を引きずりながら、冷蔵庫へ向かう。
「世話焼き過ぎよ……」
開くと中には、レンジで温めたればよい状態のオムライスに、サラダが用意されていた。
「もう、見捨ててくれたらいいのに」
そう呟きながらも、正人との約束だけは守らなければと、鈍る頭でスプーンとフォークを取り出し、レンジへとオムライスを運んだ。
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