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翌日、昨日までの雨が嘘のように晴れ渡り、深月は心地よい気持ちで出社した。
空と同じように気持ちが移ろってしまう自分がもどかしいけれど、もはや性分かもしれないと諦めつつもある。
そんなことを考えてしまえば、また鬱々した気持ちが沸き起こりそうで、フルフルと頭を振って、落ちそうな気持ちを拭うように拭き掃除を始めた。
ガラス面のデスクを拭き、パソコンの電源を入れる。
革張りのソファも拭き掃除をして、観葉植物に水をやり、掃除機をかけて絨毯の靴跡を消した。
「よし」
部屋を見渡して、掃除の完成度に一先ず納得をしてから、コーヒーメーカーのセットをして、今日の予定を確認した。
――今日の来客は……佐野様お一人。
端の方に折れ目の入り始めたスケジュール帳を捲りながら、時計を見てカウンター前に立つ。
わずか6畳ほどの小さな空間ではあるが、社長室前の空間が秘書として働いている深月の居場所だ。
間もなく出社する社長を出迎えるため、背筋を伸ばして唇を引き締めると、深月の予想通り2分後には、社長の足音が響いてきた。
「おはようございます」
社長の入室と同時に、秘書として何かを学んだわけではないけれど、深月なりに独学で得た、秘書らしい角度で身体を曲げた。
「おはよう」
今日も機嫌のよいらしい社長である奥谷(おくや)は、颯爽と深月に声をかけながら秘書室奥にある社長室入った。
続いてクローゼットを開く音、コートを脱ぐ衣擦れの音が密かに聞こえてくる。
それを計らったかのようなタイミングで、コーヒーの出来上がる音が聞こえ、深月は朝の珈琲の準備に取り掛かった。
これもももう、何度もやってきている毎日のルーチンワークだ。
「失礼致します」
一声かけてから開いたままの扉を軽くノックすると、特段の返事がないのでそのまま静かに入室した。
常とは違う関係の上司であるからこそ、一線をきっちりと引いておこうという思いを、深月はいつもそこに込めている。
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