朝雲暮雨

18/26
前へ
/110ページ
次へ
 そのまましばらく、何も考えず、ただお互いにしがみ付くように抱きしめあった。  どちらもお互いを離すことができず、そして離れることが怖かった。  しとしとと降り続く雨の音が、聞こえているのに聞こえない錯覚すら起こしそうな程、静まり返った部屋の中。    お互いの吐息と鼓動だけが室内を満たし、生ぬるい空気がもわっと身体を包むようだった。  その状態が1分とも10分とも、はたまた1時間過ぎたと言われても過言ではないような感覚程続き、ようやくお互いの存在を認識できたころ、意思を交わしたわけでもなく、お互いに腕を緩めた。  それでも背後に回した腕を解くことが出来ず、ただ傷を舐めあうように抱きしめたまま、身体を離すことができないでいた。  「みつ……あー……ミヅキ、さん? ですよね」  「深月で、いい」  「じゃあ、ミヅでもいい?」  「うん」  光希とはっきり区別するように、雅人は深月をミヅと呼んだ。  それを何となく感じた深月は、提案にコクリと頷いて否を唱えない。  話をしなくても、分かると思えたのだ。  痛いほどの想いも、辛すぎて泣きたいのに、泣けないその気持ちも。  そしてただ名前を呼ぶことすら苦しいということも――  だからだろう、気付けば深月もまた、自然と口を開いてするすると自分のことを話し始めていた。  「私は――先生に、裏切られた」  「先生?」  「待っててくれるって、言ってたのに。私を、待っててはくれなかった……」  「……うん」  「どうして? 私、2年もずっと、先生を……ッ、ふ……、う、うぅうう」  一度零れると、ぽたぽたと涙が零れた。  2日前、枯れて出ないと思っていた涙が、次から次へと湧いては零れ落ちていく。  それを胸元で受け止めながら、雅人は深月を抱きしめた。  深月同様に、雅人もまた何も出来ないでいた。  ただ自分たちは同じかもしれない、そう強く感じた。  だから、もう自分しかいないと思ったのだ。  深月を助けてやれるのは、自分だけではないだろうか、と――
/110ページ

最初のコメントを投稿しよう!

234人が本棚に入れています
本棚に追加