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そのまましばらく、何も考えず、ただお互いにしがみ付くように抱きしめあった。
どちらもお互いを離すことができず、そして離れることが怖かった。
しとしとと降り続く雨の音が、聞こえているのに聞こえない錯覚すら起こしそうな程、静まり返った部屋の中。
お互いの吐息と鼓動だけが室内を満たし、生ぬるい空気がもわっと身体を包むようだった。
その状態が1分とも10分とも、はたまた1時間過ぎたと言われても過言ではないような感覚程続き、ようやくお互いの存在を認識できたころ、意思を交わしたわけでもなく、お互いに腕を緩めた。
それでも背後に回した腕を解くことが出来ず、ただ傷を舐めあうように抱きしめたまま、身体を離すことができないでいた。
「みつ……あー……ミヅキ、さん? ですよね」
「深月で、いい」
「じゃあ、ミヅでもいい?」
「うん」
光希とはっきり区別するように、雅人は深月をミヅと呼んだ。
それを何となく感じた深月は、提案にコクリと頷いて否を唱えない。
話をしなくても、分かると思えたのだ。
痛いほどの想いも、辛すぎて泣きたいのに、泣けないその気持ちも。
そしてただ名前を呼ぶことすら苦しいということも――
だからだろう、気付けば深月もまた、自然と口を開いてするすると自分のことを話し始めていた。
「私は――先生に、裏切られた」
「先生?」
「待っててくれるって、言ってたのに。私を、待っててはくれなかった……」
「……うん」
「どうして? 私、2年もずっと、先生を……ッ、ふ……、う、うぅうう」
一度零れると、ぽたぽたと涙が零れた。
2日前、枯れて出ないと思っていた涙が、次から次へと湧いては零れ落ちていく。
それを胸元で受け止めながら、雅人は深月を抱きしめた。
深月同様に、雅人もまた何も出来ないでいた。
ただ自分たちは同じかもしれない、そう強く感じた。
だから、もう自分しかいないと思ったのだ。
深月を助けてやれるのは、自分だけではないだろうか、と――
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